あれから32年。

こんばんは。

今日は、日航123便御巣鷹山に墜落してから32年目の日でした。

あれから32年。。。

早いのか、遅いのか、私にはわかりません。

あの日、私は大学病院のベットの上にいました。

高校3年生の夏休み。

なぜそうなってしまったかは分からないけど、

網膜剥離になってしまい、手術をして入院中だったのです。

徳島の中では最高の医療機関

徳島大学病院のは病棟で、

私は、寝返りも許されない術後の夜を過ごしていました。

病棟は9時に消灯されるのですが、

私は、家から持ってきたラジカセから

テレビの音声が聴けたので、イヤホンで

歌のトップテンを聴いていました。

すると、その途中で、突然臨時速報として、

日航123便が行方不明になったと

司会者が伝えたのでした。

でも、その夜は、まさかそんな大きな飛行機事故だとは思わず、

私は不自由な体のまま寝たのですが、

翌日からその日航機事故一色の報道が繰り返されました。

私は、ずっと入院していたので、

生存者の救助の様子とか中継とかは

全く見ることが出来なかったのですが、

それはそれは、壮絶だったと思います。

あの事故から32年。

毎年、このニュースを見る度に、

私が高校3年のあの入院から何年、と思うようになっています。

私は、その入院によって自分の人生を変えました。

あの入院がなければスチュワーデスになってなかった。

あの夏、私の人生は、まず一度変わりました。

御巣鷹山で亡くなった方のご冥福をお祈りします。

世界の空の安全を祈ります。

私には、日本航空に勤める友人もいますが、

ぜひ多くの人にあの事故の背景を知ってほしい。

涙なくしては読めない、この本を読んでみてください。

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